人を「すごい」と思いすぎない方がいい理由|比較に振り回されない人間関係
人と関わっていると、
「この人はすごい」と感じる場面があります。
はじめは何気ない感想だったはずなのに、
気づくと相手と自分を比べて、
相手を必要以上に高く見てしまう。
「この人はすごい」という印象は、
その場限りの感想で終わるとは限りません。
知らないうちに、
相手との関係に影響してしまうことがあります。
この記事では、
人を「すごい」と感じたときに、
人との関わり方にどんな影響が出てくるのかを見ていきます。
人は「能力」ではなく「発揮されている能力」を見て評価している
人が他人を「すごい」と感じるとき、
その人の全体像を見ているとは限りません。
多くの場合、
- その人が慣れている場
- その人の得意分野
こうした条件がそろった状態での振る舞いを見ています。
評価しているのは
「その人」そのものではなく、
能力がうまく発揮されている一場面です。
その一場面だけを見て、
「この人はすごい人だ」とまとめてしまうと、
相手の意見ややり方を
過度に正しいものとして扱うようになり、
一つ一つを冷静に見られなくなります。
すると、認知の中では、
次のような上下の配置が生まれやすくなります。
- 相手は上
- 自分は下
これは尊敬というより、
比較による位置づけです。
この構図が無意識に固定されると、
- 自分の判断を控えやすくなる
- 相手のやり方を基準にしてしまう
といった影響が出やすくなります。
「すごい」という評価をやめると、見方は観察に切り替わる
「すごい」という言葉は便利ですが、
相手を深く理解して使われる言葉ではありません。
よく分からないときや、
相手との間に差を感じたときに、
考える代わりに使われやすい言葉です。
「すごい」という評価をいったんしないでおくと、
見方を観察に切り替えることができます。
- この人は、この役割が得意
- この状況では力を発揮しやすい
- こういう判断基準を持っている
これは称賛でも否定でもなく、
事実として状況を整理している状態です。
評価を急がないことで、
- 相手に過度に影響されない
- 自分の基準を保ちやすくなる
- 必要以上に上下を作らずに済む
という安定につながります。
おわりに
人を「すごい」と思いすぎないことは、
評価を固定しないで人を見るということです。
人を「すごい」と感じること自体は自然ですが、
それを無意識に繰り返すと、
人を見るときの判断が粗くなってしまいます。
評価をいったんしないでおくと、
相手のやり方を一つの方法として受け取りやすくなり、
落ち着いた関係を作りやすくなります。
認知を整えた位置で人を見ること。
それが、自分の判断を守りながら人と関わるための、
考え方だと言えます。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
この考えが、人との関わりを少し楽にする
ヒントになればうれしいです。

