人と話すと疲れるのはなぜ? 共感しようとして力が入りすぎる理由
人と話したあと、
どっと疲れることがあります。
友達との約束は楽しみにしている
会話の内容が特別重かったわけでもない
それでも、
家に帰ると、なぜか消耗してしまうことがあります。
こうした疲れは、
コミ力の問題というより、
会話の中で起きていることに理由があるのかもしれません。
人と話したあと、
なぜか疲れてしまうことはありませんか。
この記事では、
会話の疲れが生まれる理由と、
共感との向き合い方について考えます。
会話の中で起きていること
相手の気持ちに寄り添おうとするとき、
- 相手の気持ちを想像する
- どんな言葉なら安心するか考える
- 傷つかない言い方を探す
頭の中ではさまざまなことを同時に考えていることがあります。
さらに、会話の中では、
- 相手を傷つけたくない
- 嫌な印象を持たれたくない
相手との関係を気にする気持ちも働きます。
その中で、
自分の本音を少し隠しながら、
相手に合わせて言葉を選ぶこともあります。
相手の気持ちを理解しようとする気持ちに、
関係を大切にしたい気持ちも重なると、
会話に少し力が入りやすくなります。
会話の中で、
- 感情を動かす
- 考える
- 言葉を選ぶ
ということが同時に起こっている状態です。
そのため、
ただ話を聞いているだけのように見えても、
実際には多くのエネルギーを使っていることがあります。
共感とは「励ますこと」だと思われやすい
共感するというと、
相手の気持ちを肯定することや、
前向きな言葉をかけることを思い浮かべることもあります。
落ち込んでいる人がいれば、
少しでも安心できる言葉を探す。
不安そうにしている人がいれば、
前向きになれる言葉をかける。
そうした関わり方は、
相手を大切に思う気持ちや、
場の空気をよくしたいという思いから生まれることもあります。
そのため、
相手の気持ちを受け止める前に、
相手が安心する言葉を探してしまうことがあります。
話を聞くときは、
まず相手の気持ちを言葉どおりに受け止める。
そうすると、
相手は理解してもらえたと感じやすくなります。
また、
相手の気持ちをそのまま受け止めることで、
相手の感じていることと、
自分の考えを分けて受け取ることもできるようになります。
励ましの言葉を伝えたい場合は、
そのあとに伝えると、支えとして届きやすくなります。
無理に前向きな言葉で励まさなくても、
話を聞いてもらうことそのものが支えになることもあります。
おわりに|共感は言葉よりも姿勢なのかもしれない
相手の話に共感しようとするとき、
相手の気持ちを汲むことや、
適切な言葉をさがそうとしてしまうことがあります。
無理に気持ちを合わせたり、
言葉を見つけ出したりするよりも、
まずは、相手の言葉をそのまま受け止める。
そうした関わり方は、
お互いに心地よい、
自然な会話の流れにつながることがあります。
共感は言葉より、
相手の気持ちを良し悪しで判断せず、
そのまま受け止める姿勢なのかもしれません
そして、
無理にいい言葉を探さなくてもいいと思えたとき、
会話の重さは少し軽くなり、
会話の後の疲れを和らげることにもつながるのかもしれません。
ここまでお読みいただきありがとうございました。

