「こうするべき」が増えると、なぜ人との距離ができるのか
仲良くなりたい気持ちもあるのに、
距離が近くなると、
どこかしんどさを感じてしまう。
人と接していると、
相手の言動が気になってしまい、
どこか相手が間違っているような
感覚になることがあります。
本当はもっと距離を縮めたいのに、
近づけない。
そんな感覚になることがあります。
この記事では、
仲良くなりたいのに
距離を縮められないと感じるとき、
「こうするべき」という見方が
強くなると何が起きるのかを見ていきます。
価値観が「正しさ」に変わるとき
人にはそれぞれ価値観があります。
何を大切にするか、
どう振る舞うかは、
人によって違っていて当たり前です。
それでも、
人と関わるうちに、その価値観が、
「自分にとっての基準」から、
「正しい基準」に変わってしまうことがあります。
正しさで見てしまうときに起きていること
価値観を正しさとして捉えてしまうと、
相手との違いが目に入りやすくなります。
ひとつの考え方の違いであっても、
- 普通はこうするもの
- こうするべき
- それが当たり前
と感じやすくなります。
そうした見え方が増えることで、
相手の言動を評価したり、
無意識に否定する視点が増えていきます。
また、
「こうするべき」
という基準が強くなるほど、
状況に合わせて柔軟に動くことが難しくなります。
ちゃんと関わろうとしているのに、
どこかしんどさが残る。
関係の中で、力が入りやすい状態といえます。
なぜ人との距離ができてしまうのか
自分の中で正しさを守ろうとするほど、
理屈が優先されやすくなり、
相手から見たときに、
近づきにくい雰囲気になることがあります。
言葉や態度に出る固さや評価の視点は、
はっきり指摘されなくても、
相手にはなんとなく伝わってしまいます。
そうした空気の中では、
安心して話を広げるよりも、
どこかで様子を見ながら
やりとりすることが増えていきます。
結果として、
どこか距離を保ったまま関係が続き、
深まりにくくなっていきます。
おわりに|「正しさ」との向き合い方
価値観が「正しさ」に
変わっていないかを見直してみると、
関わりの見え方が少し変わることがあります。
人とのやり取りには、
正しさだけでははかれない部分があります。
無理に自分の気持ちや、
意見を変えるということではありません。
ただ、自分の中の正しさに
どう向き合っているかに目を向けることで、
それまで気になっていたことが、
絶対に正すべきものではなく、
ひとつの違いとして受け取りやすくなります。
そうした変化があると、
関係の中に入っていた力は、
少しずつ抜けていき、
自然と距離も縮まっていきます。
ここまでお読みいただきありがとうございました。

